シニアが若者たち一緒に活動が出来るのだろうか?・・・歳の違いが弊害に

60歳を過ぎて、会社を離れると若者たちとの触れ合いや接点が断絶される。趣味で若者たちと触れ合うグループに所属して活動している人は別だ。多くのシニアは、孤立する。心の中では、自分はまだ若いのだと叫んでいるのに周りにはそれを認めてくれる人がいない。

私の知人は、仕事で若者たちと一緒に生活を楽しもうとしているのだが、私の目からすると長続きしないのではないかと感じる。世代の違いからくる話題と興味はあまり交差しないからだ

時々、IT関連のセミナーや交流会に出かける。60歳を越えた参加者は50人いたら3人ぐらいだ。IT関連は技術革新やビジネスの流れが速い。若い人中心に話題が進んでしまう。

知らないうちに自分の年齢からくる風貌が「場」に合わなくなる?

シニアと若者が一緒にいて自然に感じるコミュニティーや団体があれば、60歳代のシニアは参加しやすい。現実は、趣味の延長線上にしかそのようなグループや団体がない。私のようなインターネットビジネスを営んでいると20歳代、30歳代の若者が中心に色々な勉強会、セミナー、交流会などを開催する。勉学のために参加するのだが、白髪頭の年配者が一人ポツ~ンといると目立つ。

若者も年配者と話すときに構えてしまうらしい。会話を交わしても同じ業界ならば、共通する話題が多いがちょっと外れると価値観の違いからお互いの関心が薄れて行く。

シニアが若者との触れ合いを求めるならば、

  1. 年齢に関係ない団体やグループを探す(映画鑑賞クラブ、読書会、語学勉強会、町おこしグループなど)
  2. 自分が中心になって若者たちと一緒に活動する団体やグループを作る
  3. 起業家が集まる団体に参加する(ビジネスという共通項目がある)

年齢を越える共通要素がある活動であれば、若者たちと一緒に触れ合いが出来る。自分の関心毎がどうしても年齢で場違いになってしまう場合は、どれだけその違いに耐えられるかだ。 

70歳の男性が20歳代男女が集まる交流会に参加したらどうだろうか。若者たちは、70歳の老人をいぶかしげに見るだろう。同じ目的で来た人なのか怪しむ。年齢の差は、場違いの雰囲気を自分で作ってしまう。老人は老人の仲間と一緒に遊んだら!と。

如何にも老人だという風貌は、身なりで分かる。若者と同じ洋服を着ても(ポロとジーンズ)しわだらけで枯れた体では話にならない。どこかに若さが見える要素が必要だ。清潔感がある風貌は最低限の要素だろう。若者以上に筋肉体形であれば、それだけで若く見える。普通の老人ではないと印象付けられる。

普通の老人ではないという要素を切り口に若者の見方を変える工夫が必要だ。年配者であるけれど話をしたら学べることが多いとか。

年齢の違いで若者たちの中では場が合わなくなるのは仕方がないが、若者たちから関心を得られる要素が自分にあれば触れ合いは自然と生まれる。自分が得意とする特定分野に関心を持つ若者を集める事が出来れば、自分がリーダーとなって若者たちと一緒に活動が出来る。

年配者はフォロアーよりもリーダーになる方が自然に若者たちと共存しやすい。 

 

このページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

雇用される生活から自分を雇用する生活をしている。2019年現在で13年間、起業中。時間と場所に制約されないインターネットビジネスで生活費を稼いで自分独自のライフスタイルを作る。米国の州立大学 Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA を卒業してソニー株式会社、Yahoo!Japanで自分がやりたい事をやってきた。

最終的には、私が望んでいた起業(自分の手で稼ぐ生活)が実現。51歳の時に起業してこれからも生涯現役でインターネットビジネスの世界で生きて行く予定。今の時代は、65歳を過ぎると自分を雇用して生きて行く道しか残されていない。本来、その道が当たり前なのだが。人間は弱いので他人に頼る生活を求めがちだ。

シニアの生活実態は人様々。私が発信するシニアの生活体験記が参考になれば幸い。

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