お墓にお金をかける理由がないのではないか?

一般的なお墓で発生する費用が平均で181万円で永代供養墓は82万円だという。死ぬにもお金がかかる今の世はどうしたものか。お金がなければお墓も作れない

毎年5月の連休明けに実家がある静岡にお墓参りに行っている。私は、両親が生きている時に親孝行をしていないからせめての行いとして年1回は亡き両親に会いに行って私の人生について話をする。お墓があるとお墓参りが出来る場所に行ける。

昔ながらの慣習で近くのお寺にあるお墓に行くのだが、この慣習がこれからも続くのだろうか。時代と環境と生活スタイルが変わってくれば、慣習も消えて新しいものに変わっていく。

私に合ったお墓で良い!

まだ生きている間に自分のお墓を考えるのは、不思議な気分だ。私は、妻や子どもたちに私の事を思い出してくれる遺品をいつも持って頂ければ幸せだと思っている。自宅に位牌を祀る神棚を置くのに問題はない。

ただ、

100万円以上のお金を出してお墓を立てるのはどうしたものかと疑問視している。そのお金を残った妻や子どもたちに使ってもらえば、私も家族も喜ぶはずだ

他界したものにはお金は不要だ。生き残って現世で人生を楽しんでいる家族にこそお金が必要だ。お墓関連に大金を使うのは、使い方が間違っているのではないか。昔ながらの慣習にとらわれる必要が本当にあるのだろうか。名前を変える戒名なんて本当に必要なのだろうか。

別世界に旅立った人にとって現世を引きずる名前なんておかしいと思うのだが。宗教に則った慣習なのだろう。キリスト教では戒名はない。他の宗教でも無いのかもしれない。

詰まるところ、自分の意向を反映する方法で良いのだろう。私が他界する前に万が一のために遺言書の中に遺品を妻、子どもたちに記載すれば良いと思う。その遺品を何にするかは、現時点で考えていないがいつも身に付けている物で小さい、持ち運びができるアイテムが良さそうだ。

私の思い出してくれるアイテムとして、20数年間使い続けている腕時計がある。今も使っている。私が気に入っている妻から頂いたキーホルダーがある。ユニセフで販売されたキーホルダーだ。ユニークなキーホルダーで便利だ。これも遺品として検討できる。

今のところ、この2つしか思いつかない。思いついだら、メモ帳に記載して忘れないようにしたい。

葬式も亡くなった後にやるよりも無くなる前にやる生前葬がオモシロイと思っている。自分の葬式を生きている内に味わえる。葬式で面倒な作業を他界してから家族に負担をかけたくないという思いからだ。生前葬も真剣に検討したい。何歳ごろが良いか、まだ、決めていないが。

生まれて来て死んで行く人生。この世界から別の世界に移って行く感じだ。一つの旅が終わり、新しく別の旅が別世界で始まる。人間の頭では図りしきれない世界が存在するということだろう。

 

このページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

雇用される生活から自分を雇用する生活をしている。2019年現在で13年間、起業中。時間と場所に制約されないインターネットビジネスで生活費を稼いで自分独自のライフスタイルを作る。米国の州立大学 Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA を卒業してソニー株式会社、Yahoo!Japanで自分がやりたい事をやってきた。

最終的には、私が望んでいた起業(自分の手で稼ぐ生活)が実現。51歳の時に起業してこれからも生涯現役でインターネットビジネスの世界で生きて行く予定。今の時代は、65歳を過ぎると自分を雇用して生きて行く道しか残されていない。本来、その道が当たり前なのだが。人間は弱いので他人に頼る生活を求めがちだ。

シニアの生活実態は人様々。私が発信するシニアの生活体験記が参考になれば幸い。

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