シニアと老人が幸せを感じる時

幸せの感じ方は千差万別。自分に足りないものが手に入ると喜ぶのと同じだ。人それぞれのニーズが違う。シニアも老人も求めても求められる物とそうでない物があると思っている。

ただ、共通しているものがある。

元気で健康な体を維持することだ。老いてくるのは、誰でも同じ。70歳頃から免疫力が低下して体の弱い部位から病気が発症する。70歳代は、出来るだけ病気にならない食生活と運動習慣を身につけるしか予防策はない。80歳近くになるとシニアから老人にラベルが変わる

どんなに頑張っても80歳代の人は、老人の風貌を帯びるからだ。顔の皮膚を見ればそれがすぐに分かる。それは本人も毎朝洗面所で見る鏡に写った顔で自覚している。特に女性は、朝の顔の艶やはりがあると幸せを感じる。幸せは、いつも自分の足元に落ちている。落ちている幸せを拾うか、拾わないか、見えるか、見えないかだけだ。

自分の幸せが見えているか、いないかを考えてみよう!

63歳でシニアである私は、仕事で目標を立てたものが達成されるとすごく幸せを感じる。今までの苦労と時間が喜ばしい結果として体感できるからだ。それは、売上だ。自分が作った仕組みでお金を稼げるという自信の裏付けとして売上がある。自分の今までのやり方でもお金を稼げるという証明が出来たからだ。

今まで出来なかったことが出来るようになると幸せを感じる。これは誰も同じだろう。

私は週2回近くのスポーツセンターのジムで筋トレをしている。筋トレの目標に80歳でベンチプレス80キロのフリーバーベルを上げるというものがある。63歳で83キロを1セット7回、3セット出来ている。70歳になった時に同じ重量を同じ回数、セット数であげられるならば80歳になったときもそれが出来る可能性が高い。

他人にとってはどうでも良い話だが、私が幸せを感じることの一つとしてその目標がある。あと、17年先のことだが健康と筋力を維持することが出来るかだ。そのために筋トレをやっている。シニアや老人にとって体を不自由なく動かせる筋力は必須だ。多くの老人が足腰の筋力を失って歩行障害に直面する。

その現実を実際に見ているので老化の恐ろしさを知っている

60歳を過ぎた頃から多くのシニアがこんな事を言い始める。「最近、今まで出来ていたことが出来なくなることが多くなった。」体が以前ほど言うことを聞いてくれないという老化現象だ

老人の幸せは、普通の生活が出来る健康と体力、そして、筋力を維持できることだ。普通の生活ができなくなったら、誰かに助けてもらわないと生きていけなくなる。自宅から老人ホームに引っ越す運命になる。私を含め誰もが自分の家で出来るだけ長く生活をしたいと思っているはずだ。長く住んでいる自宅には、今までの人生の記憶が刻み込まれている。

若い人たちは、欲しい物を手に入れることができた時に幸せを感じる。物欲が強いからだ。シニアや老人は、物欲から離れて精神的、肉体的な欲求が満たされた時に幸せを感じやすい。

シニアや老人は、お金で買えないものが増えて行くのを感じている。

お金で買えない物は、自分の努力を要求される。孤独、健康、体力、ひま、おしゃべりなど商品化されていないものが欲しくなる。お金が沢山あれば幸せだというシニアや老人がいるかもしれないが、幸せはお金で買えないという本質を理解していないと思う。有料老人ホームに入居できるお金が手に入ればそれで幸せだと多くの老人は思っている。

有料老人ホームで生活をすれば幸せをつかめると思っている。現実は、死ぬまでの生活の安心と安全でしか無い。あと、家族への余計な負担を軽減するということ。米国では、老人ホームを"Death House"と呼んでいる。死を待つ家だ。終の棲家を老人ホームにするか、自宅にするかの違いだが、自宅で人生の終わりを遂げたほうが幸せだろう。

オランダでは、死を迎える前に望みを叶える手助けをしてくれるNPO団体がある。願いをかなえる救急車財団という名前だ。

老いてくれば来るほど自分の望みが自分で求めることが難しくなる。幸せをどう感じるかで遠くになったり、近くになったり感じるのだが、元気なうちに手が届く幸せを見える化して幸せを感じるシニア、老人になってはどうか。

この記事「シニアと老人が幸せを感じる時」のポイントは、

  • 幸せの感じ方は千差万別。自分に足りないものが手に入ると喜ぶのと同じだ。人それぞれのニーズが違う。
  • 今まで出来なかったことが出来るようになると幸せを感じる。
  • 幸せをどう感じるかで遠くになったり、近くになったり感じるのだが、元気なうちに手が届く幸せを見える化して幸せを感じるシニア、老人になってはどうか。

 

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