良く聞く話がある。両親の自宅不動産を売却したいと思って不動産屋に相談してみたら、売却が出来ない事が分かったという話だ。その理由は、自宅不動産が共有名義であり、片方の親が認知症で判断能力に欠ける状態であったからだ。

高齢の両親が有料介護付き老人ホームに入ろうとしていたのだが、自宅不動産を売却してお金を作るしかなかった。それが出来なくなってしまったという事だ。どちらかの親が他界しないと自宅不動産の売却は出来ない。こんな問題がこの数年に増加してきている。

この問題を解決するには、高齢の両親が認知症にかかる前に「家族信託契約」を作成して家族信託の受託者(自分の子供)に自宅不動産の運営と管理を委託するしかない。

「家族信託契約書」を作る料金が凄く高い!・・・安く出来る方法を私は見つけた!

今、63歳のシニア男性。体は元気で健康。自営業で時間を自由に使える。何か新しい事を始める気力もある。体力の衰えを感じ始めているが、それほど気にならない程度だ。子供は既に巣立った。住宅ローンもない。大きなお金が出て行くイベントも今のところない。夫婦二人の落ち着いた生活が始まっている。

心配事は、家内の両親の介護だ。義母が老健でリハビリ中。義父は、一人で自宅生活。好きなウイスキーを毎日適量に飲んで自分の遊び部屋で好きな事をやっている。あと数年で義両親のどちらかが老人ホームで生活をすることになるだろう。ひょっとしたら、二人共かも知れない。義両親が老人ホームで生活をし始めれば、これと言った心配事はなくなる。

私たち夫婦の第二の青春がこれから始まろうとしている。

70歳になる前までに生きたい所に行き、やりたい事をやる!

「社会との接点がある」

「誰かから必要とされている」

「人の役に立っている」

「自分でお金を稼いでいる」

この4つの感情がシニアにあれば、そのシニアには自尊心がある。自尊心とは、自分の人格を大切にする心である。老いて来ると自分の存在に疑問を持ち始める。自分が社会で求められていないと感じ始めるからだ。仕事もなく、世話をする子供も独立し、仲間と一緒にいつも何かをしているという生活から遠ざかる。次第に社会との接点を失い始めるからだ。

シニアの自尊心は充実した人生を送る上で重要なことである。

老人になっても誰かの役に立ちたいという気持ちはある。そんな気持ちが満たされない老人が増えている。70歳を過ぎる頃から社会は、シニアを老人として取り扱い始める。「老人には用はない!」と言った見かたをする人が増える。老人にも色々なタイプがある。積極的に社会との接点を持とうとする人、ボランティア活動をして人の役に立とうとする人、生涯現役を貫く人などだ。

その一方で、

社会から消えて行く人たちも多い。自分の活動を自宅範囲に留めて趣味に生きようとする老人たちだ。彼らの活動は、家族しか知らない。他の人たちとの交流が限定される。追求する趣味で個人差が生まれる。趣味が他の人や外部との接点を深める物であれば、余生は充実するだろう。社会から消えて行く老人たちは、自分の存在価値を見出せなくなる。自分の存在価値を気が付かせてくれる周りの人たちがいないからだ。

まだまだ若い者には負けない!という自尊心

昨日、近くの神社に家内と一緒に初詣をした。帰りがけに甘酒を1杯100円で飲んだのだが、10分後この甘酒はアルコール分が高い甘酒であるように感じ始めた。案の定、ほろ酔い気分になってきた。今まで何度も甘酒を飲んできたのだが、甘酒で酔うようなことはなかった。

世田谷区にある豪徳寺に初詣をした。「招き猫」で有名な神社だ。その豪徳寺の神内で甘酒を売っていた。あの甘酒を飲んだ人は、私と同じように酔っ払ってしまうのではないかと心配していた。自家用車でやって来る人が多いからだ。甘酒だからと気を許していると飲酒運転で捕まる可能性がある。

東京の家内の実家から横浜まで自動車でやってきたので甘酒で酔っ払ったまま自宅に帰れない。仕方がないので1時間ほど近くの神社を巡る散策をした。8キロぐらい歩いて実家に帰りコーヒーを飲んで、水を飲んでやっと普通の自分に戻った感じだ。

甘酒はあなどれない!

無料で飲める甘酒と販売されている甘酒ではアルコール分が違うのでは?

32年間妻と一緒に生活をしている。私にとって妻はどのような存在なのだろうか。

最初に言いたいことは、「私の妻は福の神である」と私は思っていることだ。この事は、私を知る人全てに恥ずかしがることなくおおっぴらに口に出している。妻の前でもそう言っている。妻のお陰で何度も助けてもらった恩があるからだ。昔、テレビでこんな番組があった。「私の奥様は魔女」。実は、私の奥様はマーリンと呼ばれている。Merlin(マーリン)は、アーサー王に使えた魔術師の名前である。

彼女は、西洋人のパーソナリティーを持っている日本の女性である。彼女がいるところに多くの知人友人が自然と集まってくる。彼女と一緒にいると落ち込んだ気分がすっ飛ぶと言って皆さんがランチ会をしましょうよと誘ってくる。彼女は、精神的に落ち込んだ隣人や友達を笑わせるスキルを本能的に持っている。明るい性格が彼女を「福の神にしている」。

誰でも困っている時に助けてくれた人は忘れないし、また、会いたいと思うはずだ。彼女は、ちょっとした事で幸せを感じるセンサーを持っている。幸せを感じている人は、そばにいる人にも幸せをおすそ分けする能力を持っている。

自分の妻を褒めるシニア男性は稀かもしれない!

私には子供が二人いる。既に二人共巣立ちしている。長男は結婚して完全に私達の手から離れている。次男は、独身で自分の将来の目標のために挑戦しているが、自宅から出て一人で生活をしている。親としての義務、子供を大人になるまで育てるという義務は全うしたと思っている。

でも、

親は死ぬまで子供を見守る本能的な義務がある。社会的な義務からはGood Bye出来ても、親としての本能的な義務は続く。親は死ぬまで子供を心配する。問題は、どのように「大人になった子供」を見守るかだ。

大人になった子供を見守ると言っても具体的に何をするのか?

人間は不思議な動物だ。意識を一つの事に集中すると難しい事が簡単に出来るようになる。目標を決めてそれを達成しようとする強い意志が集中力を増し、目標達成への糸口を探し続ける。諦めない心が働いて時間が経つのを忘れる。気が付いたら、目標が達成されていたという事が起きる。

未来予測は誰も出来ないが、強い思いがこうありたいという自分の人生を形作って行く。これは確かだ。

人生の目標と言うか、生きがいを見失ったシニアは多い。今までは、子供の教育と住宅ローンで一生懸命会社勤めをしてきた人生であったのだがそのお役目が終了した時点で自分を見失う。旅行、グルメだけでは、暇な時間は埋まらない。心を何かに没頭させる目標が必要になる。

小さな目標から大きな目標に自然に向かう事が出来る

年金収入以外のお金が毎月入る仕組みがあると老後の生活で経済的な不安が和らぐ。65歳以降は、アルバイトやパートが主な収入源になるのだが、70歳を過ぎても働き続けられるかが節目である。体力と健康が維持できて継続してアルバイトやパートが出来る雇用先を確保出来ればの話だ。今は人手不足であるため、若い人材を雇用するのが難しくなっている。70歳を過ぎた高齢者も働き続ける環境ができつつある。 

ただ、

時間の問題で雇用先の事情で雇い止めに会う。そうなった時に自分で小遣い稼ぎが出来る仕組みを作り上げれば、それほど確かなお金稼ぎはない。誰もができるというものではないが、挑戦するとしない人では100%の違いが出る。

誰かに雇ってもらう労働収入は時間的な終着点がある。自分で作り出すビジネスは自分で終着点を決められる。

シニアが狙うべきビジネスはニッチな市場にある!

65歳を過ぎると仕事場以外に居心地の良い場所を求め始める。多くのシニアは、65歳で雇止めで仕事場を追われる。自宅に帰っても妻の城になっている。自分の居場所がなくなる。そこで自分の居場所を探し求め始めるシニアが65歳から多くなる

趣味のグループ、スポーツ団体、ボランティア団体、NPO団体、勉強会など色々なところに顔を出すのだが、居心地の良い団体(場所)は見つからない。

居心地の良い場所を探すにはルールがある。このルールを受け入れられないと居心地の良い場所を見つけるのが難しい。

居心地の良い場所にする適応能力が求められる

私は過去も今も若者たちと一緒にプロジェクトビジネスをやりたいと思い続けている。シニアが若者たちと一緒に仕事をするとき問題になるのは、メンタリティーだ。若者はシニアを見て老人と思う。事実老人なのだが。シニアは若者を見ると若年の青二才と思う。口には出さないが年齢差による違いがお互いのメンタリティーに生まれる。

若者のペースでシニアがいっしょに仕事が出来ない場合が多い。仕事で徹夜なんかできないし、忍耐力も若者ほどない。そんな違いを越えて一緒に仕事をするには、シニアでしかできない専門的な知識や経験が必要だ。若者に欠けているものを教える役割としてプロジェクトビジネスに参画できれば、老人と見られるよりも専門家と見られるようになる。

問題は、シニアの誰もが特定分野の専門家ではないのだ。

若者たちの「よろず相談シニア」になる!

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