永代供養墓で人気な手元供養

自分が知る祖先は、祖父祖母、両親の2世代ぐらいだ。祖先のお墓は田舎の実家にある。今年も年1回の墓参りに行く。墓石が田舎の実家近くのお寺にあるから横浜から墓参りに行くことになる。分家の私は、私独自のお墓を持つ必要がある。私のお墓をどこに設置するかで子供たちの墓参り先が決まる。

お墓の継承者がいる場合は、墓石のお墓が良いという。経済的に難しい場合は、永大供養墓という選択がある。私たちの子供たちの感覚からして墓参りという感覚があるだろうか。時代は、永大供養で人気な手元供養に向かっているように感じる。

3世代過ぎれば納骨の骨が誰の骨かわからなくなる!

3世代過ぎれば、3世代先の先祖についての知識が消えて行く。家系図などを作っておけば、どのような家系であるかが見て分かるが記憶の中には残らない。私たちの記憶に残っているのは、祖父祖母、両親ぐらいだ。その先は記憶にない人が多い。

亡くなった人を供養する方法として、一番喜ばれることは、意識の中に亡くなった人の記憶が残っていて時々その人の事を心の中で思う事だと言われる。

物理的に意識させる方法として、墓参りや法事がある。墓石があれば、墓石があるお寺で法事や墓参りが出来る。永大供養の場合は、自宅だろう。亡くなった人を思い出して出来るだけ記憶の中に留めておくという行事だ。その意味合いで3世代までが記憶の中に留めておく限界だろう。

永大供養で人気な手元供養は、自分の両親(1世代か、2世代)が対象だろう。または、自分の子供が亡くなった場合だろう。いずれにしても、身近に感じていたい人向けだ。3世代以上の先祖を身近に感じたいという人はいないだろう。

私が長生きをすれば、孫との生活が可能になる。孫は、私や家内の事を記憶に残す事が出来る。孫が私たち老夫婦をいつも身近に感じたいと思うかどうかだ。多分、孫の心理を考えたら、孫の親次第だろう。

田舎のお寺の経営状態が悪くなっている。檀家の数が減ってくれば、お墓を見守る住職も経営面で苦しくなる。そのため、お寺を辞めてお墓を放棄するリスクがある。人口が減少して高齢者ばかりになるとその後を引き継ぐ人が少なくなる。少子高齢化の波は、お墓管理と維持費で問題を抱える。

昔のようなお墓制度では、今の若い人たちは経済的に苦しくなるのではと思っている。私たちの世代は、子供たちに金銭的な負担を出来るだけかけない「亡き後の供養」を考える。

お墓に関しては夫婦が望む形にしたい。私一人で独断できない。どんな形を夫婦で合意できるかだ。

 

このページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

雇用される生活から自分を雇用する生活をしている。2018年12月現在で12年間、起業。時間と場所に制約されないインターネットビジネスで生活費を稼いで自分独自のライフスタイルを作る。米国の州立大学 Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA を卒業してソニー株式会社、Yahoo!ジャパンで自分がやりたい事をやってきた。

最終的には、私が望んでいた起業(自分の手で稼ぐ生活)が実現。51歳の時に起業してこれからも生涯現役でインターネットビジネスの世界で生きて行く予定。今の時代は、65歳を過ぎると自分を雇用して生きて行く道しか残されていない。本来、その道が当たり前なのだが。人間は弱いので他人に頼る生活を求めがちだ。

シニアの生活実態は人様々。私が発信するシニアの生活体験記が参考になれば幸い。

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