シニアはどんな死に方をしたいのか?

自分の死がやって来る時に嬉しい気持ちでいっぱいにして他界したい。そうするには、死ぬ前までに良い事をたくさんすることだ。良い事をした記憶が沢山頭に残っていれば、自然と気分が良くなる

自分の死に方を考えるときが誰しもある。平均年齢近くになれば誰もが自分の死が何時やって来ても良いように覚悟を決めている。80歳代の老人は、世俗的な価値観で物事を見なくなる。お金なんかもうどうでもよくなる。お金はこれから長く生きていく若者たちに必要なもの。

誰もが自分の死に方について考える

テレビや新聞のニュースでお金にまつわる犯罪が多い。お金の欲に汚染された老人政治家や経営者、そして、役人を見るとその人が死ぬ時にどんな気持ちでいるのだろうかと思う。悪いことをすれば、罪悪感は死ぬまでその人について回るはずだ

他人の事はどうでもよい。死はパーソナルの出来事だ。どんな死に方をしようが、死ぬ時にどんな気持ちでいようがその人しかわからない。

自分は、死ぬ時に良い事をした記憶に囲まれて生涯を閉じたい。61歳であるが、今からでも遅くない。良い事をして他人が喜ぶ事、助かる事をやりたい。

一日一善という言葉がある。小さな親切でも一善になる。意識をした生活をしていないと自主的に一日一善を実行できない。今日、私は何をした?スターバックスのカフェでお客さんがハンカチを落としていたのでそれを拾って手渡してあげた。これも一善だろう。

「塵も積もれば山となる」からちょっとした良い事を探して見つかったらすぐに実行する。そんな習慣を身に着けたい。自宅でも一善は出来ると思う。家内が疲れているようならば、食後の皿洗い、お風呂の用意などはすぐにやってあげる。その上に気を利かせて9時にお茶とお菓子を用意する。

全ては、自分の意識と実行力だ。それを継続できれば、良い事をした記憶が頭の中に蓄積されていく。良い事は見返りを求めない。

自分が直ぐ出来る範囲での一善だ。出来ないことを無理やりやる必要はない。負担が大きいことも同様だ。大なり小なり自分が出来る良い事は沢山ある。意識して一善を探しているかどうかだ。

一日一善の意識は、長く続かない場合が多い。これは自然だ。だからこそ、何度もトライする。挑戦し続けるうちに自然と一日一善をする習慣が身についていく。ちょっとした事で年寄り同士が言い合いになったり、物の取り合いをしたり、悪口を言ったりしない。どっち道、行きつく場所は誰も同じだ。

良い気分で人生の最終駅に辿り着く努力をしよう。

 

このページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

雇用される生活から自分を雇用する生活をしている。2019年現在で13年間、起業中。時間と場所に制約されないインターネットビジネスで生活費を稼いで自分独自のライフスタイルを作る。米国の州立大学 Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA を卒業してソニー株式会社、Yahoo!Japanで自分がやりたい事をやってきた。

最終的には、私が望んでいた起業(自分の手で稼ぐ生活)が実現。51歳の時に起業してこれからも生涯現役でインターネットビジネスの世界で生きて行く予定。今の時代は、65歳を過ぎると自分を雇用して生きて行く道しか残されていない。本来、その道が当たり前なのだが。人間は弱いので他人に頼る生活を求めがちだ。

シニアの生活実態は人様々。私が発信するシニアの生活体験記が参考になれば幸い。

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