32年間妻と一緒に生活をしている。私にとって妻はどのような存在なのだろうか。

最初に言いたいことは、「私の妻は福の神である」と私は思っていることだ。この事は、私を知る人全てに恥ずかしがることなくおおっぴらに口に出している。妻の前でもそう言っている。妻のお陰で何度も助けてもらった恩があるからだ。昔、テレビでこんな番組があった。「私の奥様は魔女」。実は、私の奥様はマーリンと呼ばれている。Merlin(マーリン)は、アーサー王に使えた魔術師の名前である。

彼女は、西洋人のパーソナリティーを持っている日本の女性である。彼女がいるところに多くの知人友人が自然と集まってくる。彼女と一緒にいると落ち込んだ気分がすっ飛ぶと言って皆さんがランチ会をしましょうよと誘ってくる。彼女は、精神的に落ち込んだ隣人や友達を笑わせるスキルを本能的に持っている。明るい性格が彼女を「福の神にしている」。

誰でも困っている時に助けてくれた人は忘れないし、また、会いたいと思うはずだ。彼女は、ちょっとした事で幸せを感じるセンサーを持っている。幸せを感じている人は、そばにいる人にも幸せをおすそ分けする能力を持っている。

自分の妻を褒めるシニア男性は稀かもしれない!

少子高齢化が進んでいる。昼間の横浜駅界隈は、若者の数よりも老人の数のほうが多いのではという印象を受ける。元気な老人は、人が集まる街中にやって来る。特に駅の近くには老人たちがたむろしている。暇な老人たちが多い。

外に出て来れる老人たちと出て来れない老人たちがいる。それを考えると今の日本はほんとに老人社会に成りつつある。東南アジア諸国と比べると活気がなくなりつつある。どの社会も若者がたくさんいると街の風景も変わる。今の日本の風景は、老人色に染まりそうだ。こんなことを書いている私も若者からは老人と言われている。

この傾向は今後ますます顕著に成っていく。何処に行っても元気な老人だらけ。老人が増えると老人向けに店舗、サービスが自然と増えてくる。財布の紐が堅い老人にお金を使ってもらうための工夫が求められる。

70歳以降の元気な老人たちが手持ち無沙汰になっている!

私には子供が二人いる。既に二人共巣立ちしている。長男は結婚して完全に私達の手から離れている。次男は、独身で自分の将来の目標のために挑戦しているが、自宅から出て一人で生活をしている。親としての義務、子供を大人になるまで育てるという義務は全うしたと思っている。

でも、

親は死ぬまで子供を見守る本能的な義務がある。社会的な義務からはGood Bye出来ても、親としての本能的な義務は続く。親は死ぬまで子供を心配する。問題は、どのように「大人になった子供」を見守るかだ。

大人になった子供を見守ると言っても具体的に何をするのか?

人間は不思議な動物だ。意識を一つの事に集中すると難しい事が簡単に出来るようになる。目標を決めてそれを達成しようとする強い意志が集中力を増し、目標達成への糸口を探し続ける。諦めない心が働いて時間が経つのを忘れる。気が付いたら、目標が達成されていたという事が起きる。

未来予測は誰も出来ないが、強い思いがこうありたいという自分の人生を形作って行く。これは確かだ。

人生の目標と言うか、生きがいを見失ったシニアは多い。今までは、子供の教育と住宅ローンで一生懸命会社勤めをしてきた人生であったのだがそのお役目が終了した時点で自分を見失う。旅行、グルメだけでは、暇な時間は埋まらない。心を何かに没頭させる目標が必要になる。

小さな目標から大きな目標に自然に向かう事が出来る

健康でいられる時間が長ければ、お金を稼ぎながら生活を続けられる。お金を作り出す知恵と仕組みがシニアでも作れれば良いだけだ。健康を害したら、何もできない。高齢者にとって死ぬまでの間、健康と言う言葉から離れる事は無い。健康を意識し始めるのは、60歳過ぎに老化現象を味わってからだ。理由の分からない体の異変に気が付き始める。色々と調べるうちにこの体の異変は老化現象である事が分かる。

老人になると体にどんな事が起きるのか私たちは、事前に教わっていない。

そのため、先が読めない!これからの競争は、自分の健康をどれだけ長く維持できるかの競争になる!

自分のライフスタイルを「健康維持」中心に作り込む!

年金収入以外のお金が毎月入る仕組みがあると老後の生活で経済的な不安が和らぐ。65歳以降は、アルバイトやパートが主な収入源になるのだが、70歳を過ぎても働き続けられるかが節目である。体力と健康が維持できて継続してアルバイトやパートが出来る雇用先を確保出来ればの話だ。今は人手不足であるため、若い人材を雇用するのが難しくなっている。70歳を過ぎた高齢者も働き続ける環境ができつつある。 

ただ、

時間の問題で雇用先の事情で雇い止めに会う。そうなった時に自分で小遣い稼ぎが出来る仕組みを作り上げれば、それほど確かなお金稼ぎはない。誰もができるというものではないが、挑戦するとしない人では100%の違いが出る。

誰かに雇ってもらう労働収入は時間的な終着点がある。自分で作り出すビジネスは自分で終着点を決められる。

シニアが狙うべきビジネスはニッチな市場にある!

65歳を過ぎると仕事場以外に居心地の良い場所を求め始める。多くのシニアは、65歳で雇止めで仕事場を追われる。自宅に帰っても妻の城になっている。自分の居場所がなくなる。そこで自分の居場所を探し求め始めるシニアが65歳から多くなる

趣味のグループ、スポーツ団体、ボランティア団体、NPO団体、勉強会など色々なところに顔を出すのだが、居心地の良い団体(場所)は見つからない。

居心地の良い場所を探すにはルールがある。このルールを受け入れられないと居心地の良い場所を見つけるのが難しい。

居心地の良い場所にする適応能力が求められる

私は過去も今も若者たちと一緒にプロジェクトビジネスをやりたいと思い続けている。シニアが若者たちと一緒に仕事をするとき問題になるのは、メンタリティーだ。若者はシニアを見て老人と思う。事実老人なのだが。シニアは若者を見ると若年の青二才と思う。口には出さないが年齢差による違いがお互いのメンタリティーに生まれる。

若者のペースでシニアがいっしょに仕事が出来ない場合が多い。仕事で徹夜なんかできないし、忍耐力も若者ほどない。そんな違いを越えて一緒に仕事をするには、シニアでしかできない専門的な知識や経験が必要だ。若者に欠けているものを教える役割としてプロジェクトビジネスに参画できれば、老人と見られるよりも専門家と見られるようになる。

問題は、シニアの誰もが特定分野の専門家ではないのだ。

若者たちの「よろず相談シニア」になる!

自分では、無駄な浪費を出来るだけ削っていると思っているのだが、冷静に自分の生活を眺めてみるとまだまだ節約が出来るのではないかと思う。節約は美徳であるが、やり過ぎると余生を楽しめなくなる。お金の価値は、健康寿命が続く間だけ輝く。自分で動き回る事が出来ない健康障害に見舞われたら、お金の使い道が限定される。介護費用に行くだけで自分の人生を楽しむ用途に使えない。

私の無駄は、ランチ外食。仕事で毎日横浜のカフェに行く。自宅では、仕事をしない。外出してカフェでインターネットの仕事をすることで精神衛生と体を動かすという生活のリズムを作っている。

私のランチは、1回500円から1200円の出費が発生する。平均して月2万円ぐらいになる。この2万円を節約しようと思ったら、自分でお弁当を作って持っていくしかない。

無駄と感じるか、感じないか?

好きな年齢まで働くためには、自分でビジネスを起こすしかない。これは確かである。または、友人、知人の会社でお世話になるしかない。普通の会社で定年がない会社は少ない。定年がない会社を探しても競争に勝ってニーズを満たす能力がないと始まらない。多くのシニアは、70歳を過ぎたら雇用される機会はない!と思ったほうが気が楽だ。

仕事が見つからなければ、仕事を作るしかない。または、現状に甘んじるしかない。実にシンプルな構造だ。

会社に雇用され続けたシニアは、起業でリスクをとることに躊躇する。未経験の世界に踏み込む時は誰でもそうだ。勇気と可能性がなければ、起業は出来ない。

シニア起業が注目されているが、リスクとビジネスの種で出来る人と出来ない人がどうしても生まれる!

このページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

雇用される生活から自分を雇用する生活をしている。2018年12月現在で12年間、起業。時間と場所に制約されないインターネットビジネスで生活費を稼いで自分独自のライフスタイルを作る。米国の州立大学 Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA を卒業してソニー株式会社、Yahoo!ジャパンで自分がやりたい事をやってきた。

最終的には、私が望んでいた起業(自分の手で稼ぐ生活)が実現。51歳の時に起業してこれからも生涯現役でインターネットビジネスの世界で生きて行く予定。今の時代は、65歳を過ぎると自分を雇用して生きて行く道しか残されていない。本来、その道が当たり前なのだが。人間は弱いので他人に頼る生活を求めがちだ。

シニアの生活実態は人様々。私が発信するシニアの生活体験記が参考になれば幸い。

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