70歳以上になると仕事を見つけて働く事が辛くなる。伴侶が他界して一人になり、孤独な生活を始める人も多い。もっと楽しめる人生がないかを求め始める。その意味合いでシニアの婚活はこれから注目されるだろう

伴侶を失ったシニア女性は、経済的に苦しい場合が多い。できれば、伴侶を失ったシニア男性と一緒に生活をしたいと願っている。シニア女性は、経済的安定をシニア男性に求め、シニア男性は孤独を避けるために、身の回りの世話をお願いするためにシニア女性を求める。

伴侶を失い一人で困ったシニア同士がお互いの問題を解決するためにシニア婚活をする。

法的な再婚ではなく、自由意志による男女共同生活が孤独なシニアに最適では!

過敏性腸症候群と思われる病気になり頻繁にトイレに行く状態になった。大腸肛門センターがある松島病院に行って診察を受けた。過敏性腸症候群は、消化管の筋肉が異常な収縮を起こすことによって生じるという。薬を2週間分頂いて様子を見ていたら、回復に向かった。2週間後に症状を確認するため病院に行ったら、順調に回復していると言われ安心した。

診察の最後に肛門担当医からこんな事を言われた。

 「肛門の筋肉の力が少し弱くゆるくなっている感じがするので肛門括約筋を鍛える運動をしてほしい!」

肛門の筋肉を鍛える?はて、どうやればそんな事が出来るのかと一瞬思った。その時渡された1枚の紙。「自宅で行う肛門括約筋を鍛える練習方法」と書いてある。

老化でゆるくなる肛門の筋肉を筋トレする

60歳定年退職で起業を考えるシニア。65歳で再雇用を終えてから起業を考えるシニア。シニアが起業を考える節目の年齢が60歳と65歳である。60歳で起業を考えるシニアは、何か自分でやりたいことがあるシニアである。65歳で起業を考えるシニアは、転職先が見つからず、起業しか選択肢がなかったシニアである。

65歳以降の生活は、年金収入だけでは快適な生活が出来ない。どうしてもある程度の収入を継続的に得る必要性が出てくる。アルバイトという選択肢があるが、年齢制限が70歳を過ぎた頃にやってくる。年齢という制約を回避するには、自分で自分の仕事を作り、お金を稼ぐしか方法がない。

シニア起業は、自分の生活を快適にしたいと思っているシニアが始める。

シニアの起業は難しいが、アプローチを変えることでリスクを低減できる

60歳定年退職後を会社に頼り続けると惨めな老後が待っている。会社は古い歯車を新しい歯車に変えていく。この流れは誰もが事前に知っている。65歳まで会社が再雇用してくれるから取り敢えず安心だと思っているシニアは大間違いである。65歳で再雇用を終えた先輩社員に会いに行くべきだ。彼らの老後が幸せな老後の生活になっているかどうかをまず確認すべきだ。

65歳を過ぎても活発に活動している先輩を何人見つけられるか。数は非常に少ないはずだ。活発に社会で生きているシニアは、60歳定年退職時に新しいことに挑戦している。5年後にその果実を余裕で口に入れているだろう。

今、スタバでこの記事を書いているが私の隣には65歳過ぎのシニアが二人で老後の生活の話をしている。仕事は何をしているとか、老人ホームを考えているとか、運動は何をしているとか、健康はどうとか。聞いていると老後の生活の惨めさを感じる。

惨めな老後は何か対策を取らないと必ず訪れる

65歳になって世間の厳しさを肌で感じ始める。65歳という年齢が職を探す上で大きな壁になるからだ。正社員、非正規社員を含め65歳以上の労働者は特定の分野を除き好まれていない。人不足が深刻な介護分野は、65歳以上の労働者を社員として受け入れやすい。

問題は、介護分野でシニアが働きたいと思うかだ。強い意志と情熱が無いと続かない。介護の仕事は、普通の会社の仕事と同じではない。老人と言う人間を取り扱う。それも、普通の人間ではない。何らかの障害を抱えた老人たちだ。私自身、とても介護の分野で働きたくはないし、働いても1か月も続かないだろう。

65歳以降も働きたいシニアは、起業という選択肢しか残らない。

他人(他社組織)に頼る起業はもろい

私達夫婦はやりたいことがあるのだが、両親の介護・生活支援で精神的に余裕が持てていない。93歳の義父と88歳の義母のお世話と見守りをせざるを得ない。義父は、自宅で一人生活をしているが私達夫婦の週1回の生活支援なしでは続かない。義母は老健施設に入居しているが、週1回の訪問面会を期待している。 

二人共高齢であるため身近な私達夫婦の見守りが必要。身近と言っても横浜から東京まで1泊2日で行く見守り作業になる。60歳代のシニアは、自分の両親や妻の両親の介護や支援で時間を取られる。これは誰もが通る道かもしれない。

本来ならば、夫婦二人でゆっくり長期間の旅に出たいと思っているのだが現状はそれが物理的に難しい。

私は70歳で自動車の免許証を返納する予定だ。緑内障で視野が狭くなってきているため、運転が出来ても気が付かないうちに事故を起こすリスクを高めていると思うからだ。自動車は人を殺す武器になる。その加害者になりたくないからだ。自動車の免許証を失う事で足の自由が効かなくなるが、自動車事故で他人に被害を加えるよりはマシだ!

多分、70歳のときに受ける事前免許証更新の試験を通ることが出来ないと思っている。70歳まであと6年ある。今の緑内障の状況を見れば、右目と左目の視野は、自動車の運転を難しくするのは確かである。

幸運にも家内が運転することが出来る。今使用しているプリウスは、事故を防止する機能がゼロである。いずれ買い換える必要が出てくる。老人が安心して自動車を運転できる機能が装着される時期に

70歳を過ぎた老人が自動車を買い換えるならば、

肉体労働でお金を稼ぐ方法は、これから老いて行くシニア向けではない。シニアは、出来るだけ知能や専門的なスキルを活用したお金稼ぎを作り出すしか無い。これは、男性よりも女性に言いたい。女性は男性よりも長生きをする。金融資産がないと快適な老後の生活を送れない。国民年金の額は、月6万前後だ。この金額では到底生きていけない。

仮に夫の遺族年金をもらえたとしても金額としては不十分だろう。最低でも月額25万円ほどの収入があれば、老婦人の生活で困ることはないだろう。そうなると、月25万円から年金6万円を差し引いて19万円ほど不労所得で稼げば良い。

今から妻に不労所得を稼ぐ方法を試行錯誤で検証してもらうことが出来れば良いが。

シニアの妻でも出来る不労所得を稼ぐ仕組み、何があるのだろうか?

本日午後13時40分から有楽町駅近くにある東京スポーツスクエア(旧1000days劇場 )で東京オリンピックの都市ボランティア面談会に参加してきた。

説明会、グループアクティビティ、個人面接、写真撮影、ユニフォームサイズ確認などで14時40分まで時間が取られた。

tokyo2020

なぜ、東京オリンピック都市ボランティアに応募したのか?

yokohama technical show2019

今年の目標に好奇心と刺激を求めて色々な展示会に参加すると言うものがある。2月度の展示会は、テクニカルショウヨコハマ2019年である。会場が横浜駅から歩いていける距離であるのでリュックを背負いながら散歩のつもりで出かけてきた。

神奈川県だけでなく他県からも中小企業が沢山参加していた。モノづくりの部品製造メーカーが多い。東京ビックサイトで開催される展示会と比べて派手さはない。

ただ、

アイデア商品を展示する中小企業が頑張っていた。電源コンセントからケーブルが取れないようにする道具を見つけた。販売は、ウエブのみ。困っている法人企業が検索で見つけて注文してくるそうだ。作業の途中で電源プラグがコンセントから突然取れないようにするためだ。

シニアが社会とつながるには現実の世界に居留まる努力が必要!

yokohama war cemetery

昨日の日曜日に家内と一緒に保土ヶ谷区にある横浜市児童遊園地とこども植物園を散歩するつもりで出かけたのだが、目的地の近くで英連邦戦死者墓地を見つけた。家内が一度ここに来たことがあると言っていた。家族で。私の記憶には何もなかったのだが。

風もなく晴れていた午後13時頃であったので入ってみた。綺麗に掃除がされていて誰もいない。夫婦でこの場を独占したかのような感じだった。

横浜市児童遊園地・こども植物園の隣にある英連邦戦死者墓地

60歳の定年を迎える前に会社で55歳になると第二のキャリア研修などが行われる。多くの会社員は、55歳頃から60歳以降の身の振り方について会社から考えるよう言われているはずだ。

60歳を過ぎると年齢の節目が見えてくるというか、他のシニアから聞こえてくる。5年毎に老化現象が自分の体に現れてくる。社会も60歳という声を聞いてあなたの取り扱い方を変えてくる。世間の常識として、還暦60歳を越えた人たちを老人、高齢者、シニアと呼び始める。少なくとも若者たちにとっては、60歳を過ぎた人は皆老人として認識している。

再就職先を探し始めると60歳という年齢がマイナスに働いているのがわかり始める。自分のキャリアと出身企業名と学歴があれば、再就職は楽勝だと心の片隅で思っている。自分は、執行役員まで勤めたからそれを評価してくれるはずだとか、子会社の社長までやったのだから、などなど。自己中心の考え方で現実を考えがちである。

年齢の節目で自分の生活がどんどん変わって行く。それに気が付くのは、その年齢になってからだ。

55歳、60歳、65歳、70歳、75歳、そして、80歳が歳の節目

お金がないのは年齢に関係なく誰もが不安になる。不安で眠れないシニアは、まず、不安を少しでも和らげる事をするしか無い。一攫千金のようなことは起きないからだ。

何をやるにも困ったときは先にお金が出ていく。これは確かである。そのためにも万が一の時に最低限の生活を1年ぐらい出来るだけのお金はいつも用意しておく必要がある。これは、シニアだけでなく若者にも言える。銀行口座に10万円あるのと、100万円あるのでは不安の程度が変わる。

万が一のために使うお金を用意していると日々の生活で追われることがなくなる。安心材料を自分で作ることが不安を和らげることになる。

お金があるのにお金がないと思うと不安が生まれる

55歳から63歳まで一度も大きな病気、小さな病気を経験していない。時々起きるぎっくり腰の故障ぐらいである。私なりの免疫力を強化する方法を実践している。本当にこの方法が私の免疫力を強化しているかどうかは分からないが、結果として病気になって寝込むことがなかった。

人間ドックで過去に2回ほど大腸がん検診を受けさせられたが、2回とも誤診であった。血液検査でも問題は見つかっていない。欲を言えば、中性脂肪が少し多いということぐらいだ。

私が続けてきた免疫力強化方法

Chromebook and Coffee

スタバで一仕事を終えて横浜の地下街を歩いていた。ちょうど、ランチ時間であった。地下街は老人夫婦たちがたくさんダウンジャケットを着込んでゆっくり歩いている。時々、挙動不審に立ち止まって私の歩行を妨害する。気をつけないと老人たちの体に触れてヨロケさせてしまいそう。

クリスマスの日は、なぜか、老人たちが元気に横浜駅界隈を歩き回っているのが目立つ。元気な老人が増えているのだろう。そんな思いにふけながら今日のランチを何にしようかなと探していた。

目の前にプロントの鉄板ナポリタン690円のポスターが見えてきた。

ナポリタンが大好きな私

Search

このページのシニアライター:Norito H.Yoshida

Profile

雇用される生活から自分を雇用する生活をしている。2019年現在で13年間、起業中。時間と場所に制約されないインターネットビジネスで生活費を稼いで自分独自のライフスタイルを作る。米国の州立大学 Western Washington University, B.S. in Sociology, Bellingham, Washington, USA を卒業してソニー株式会社、Yahoo!Japanで自分がやりたい事をやってきた。

最終的には、私が望んでいた起業(自分の手で稼ぐ生活)が実現。51歳の時に起業してこれからも生涯現役でインターネットビジネスの世界で生きて行く予定。今の時代は、65歳を過ぎると自分を雇用して生きて行く道しか残されていない。本来、その道が当たり前なのだが。人間は弱いので他人に頼る生活を求めがちだ。

シニアの生活実態は人様々。私が発信するシニアの生活体験記が参考になれば幸い。

© 2019 Goyat. All Rights Reserved.